2005年11月20日

名言 第47回 (森鴎外・小説家)

 (おことわり):口語訳も本文の下に掲載しています。

  (出典):「森鴎外の『智恵袋』」(小堀桂一郎訳・解説/講談社学術文庫)の「独り負ふべき荷」より抜粋

 憂あり禍あり又足らざることありて、汝が思慮の救ふこと能はず、汝が意志の排すること能はざるときは、決してそを人に告ぐること莫れ。親しき友も例外にあらず、妻子も例外にあらず。例外たるは独り汝をその不祥の境界より援け出だし得ることの明かに知れたる人あるのみ。然れども此の如き人は常には有らず。概して言へば絶て人に告げざるには若かじ。
 憂禍不足は汝が肩の上なる重荷なり。そを人に告げんとき、汝に厚からざるものは、そを分ち負ふことを敢てせず。汝に厚きものは或はそを分ち負ふことを辞せざるべしと雖、汝は又汝に厚きものに苦を見て、己れの苦の更に一層を加へたるを覚ゆるならん。若し夫れ軽浮けん(*注)薄なるものは、啻に汝が憂を分たざるのみならず、汝が憂の影を見て、早く一歩を退くならん。往来は漸く稀になり談話は漸く短くなるべし。汝猶悟らずして、己れの思慮尽き意志挫けて、また己れの背後に有力者の庇保回護なきをさへ、掩はで見透さしむるときは、憐れむべし、汝は既に形影相弔する身となりたるなり。汝の友は復た汝の名を知らざるべく汝の面を認めざるべし。

 (*注:該当する漢字が見つからなかったのでひらがな表記にしています。「環」の字の偏が人偏になったものです)

 口語訳(太字はLGによる)

 人がこの世に生きてゆく上には心配事もあり、災害にも遭い、生計の資の欠乏を来すこともあろう。思慮をめぐらしても打開の策に思い至らず、意志を励まして事に当るもこれを排除できない場合、決して他人にそれを洩らしてはならぬ。親友や妻子といえどもその例外ではない。例外的にそれを洩らしてもよい相手とは、明らかに汝をその不幸から救い出してくれるだけの力と志とを有する人だけだ。しかしそんなたのもしい人が常に身辺に居るものではあるまい。原則を以て言えば、泣言を決して他人に洩らさないこと、これが肝要である。
 全て不幸や心配事は汝が己一身の肩に背負うべき重荷である。その重荷の辛さを人に打明けた場合、汝に厚意を持たないものは共にその荷を負ってやろうとは言うまい。汝に厚意を寄せるものは自分も君の重荷を一部分けて背負ってやろうと言うかもしれないが、その結果汝は汝の親友に迷惑を及ぼしたのを見て更に心苦しさが増すばかりではないか。それに他方、薄情で要領のいい連中は、汝の不幸に同情してくれないばかりではない、汝が悩み事で顔を曇らせているのを見ただけで逸早く汝を避けて通るだろう。なるべく汝と顔を合せぬようにし、会ってもなるべく早く話を切り上げようとするだろう。汝がそれでもなお気がつかず、自分が途方にくれていること、その上更に自分を庇護してくれる有力な友人もいないことをかくさずして人に知られてしまった場合にはどうなるか。憐れむべし、その時こそ汝は本当に孤立無援の境涯に追い込まれることになろう。昨日までの友人も汝の名をきけばその人は知らぬと言い、汝と顔を合せても、素知らぬ顔をしてゆき過ぎるであろう。


 (コメント):この「独り負ふべき荷」の、最初からだいたい半分くらいまでを飛ばさずに挙げてあります。この続きはどんどん内容がエスカレートして、ヤクザが仲間に入れと訪ねてくる(無頼の徒の来り弔せん)なんていうくだりもあります。

 悩みを他人に打ち明けることの是非について、近時の何でもかんでも他人の言いなりになる流れを考えると、打ち明けるな、と言い切ってしまうことが「智恵」といえる面もあるかもしれません。ただ、内容を読んでいくと、少なくとも私からすれば智恵どころかお節介も通り越して被害妄想にあると、これを読んで距離を置いてしまいそうです。
 「智恵」と題する以上、言外の意図を是非とも汲み取らなければならない性質のものではないでしょうから、自分の中で「智恵」になるように読みなおす必要があると思われます。

 まあこれはこれで面白いので「名言!」としては十分です。ナントカ省の事務次官だかその候補だかが悪事を働いて、疑心暗鬼になりながら証拠隠滅に四苦八苦している、そんな(一般人とは無関係という意味で)非現実的な画が浮かびます。さぞかし明治時代のエリートというのは大変だったのでしょう。

 さらに続きはこちらから
posted by LG18 at 22:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 名言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/9596257

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。